頼まれごとをこなす小林正観
頼まれごとをこなす
玄奘三蔵は
なぜ無事に帰れたか
往路6年復路3年
『きくあの実践』22ページから
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西遊記の玄奘三蔵。
論・律・経の3つを納めた人。
ということで
旅の後に三蔵法師と呼ばれた。
西遊記の中ですでに三蔵法師と
呼ばれますが、
それは史実としては間違い。
インドから帰って来てから三蔵法師。
空海さんの弘法大師も
諡号
なので亡くなられてから送られた。
生きている間は弘法大師と呼ばれていない。
玄奘三蔵はなぜ無事に帰れたか往路6年復路3年
インドまで
6年かかって行き、
帰りは3年。
多くの僧侶、
修行僧も目指したが
最初に成功したのが玄奘。
行きの6年は
各国の王に頼まれるまま、
(オアシス都市)
仏法を説いたので時間がかかった。
インドで仏教を習う、
経典を取ってくる
使命があるからと断らなかった。
目の前にいる人を大事にした。
また
教えを説いてくれと言われ、
断ってしまったのでは、
何のために仏法を習いに行くのか?
各王様のいうことを聞き、
とどまったので6年。
今度は帰り。
たくさんのお経など仏典。
(帰ってきてから19年間訳し続けても
3分の1まで訳して亡くなった)
津原確認してないんですが、
一説には2トンというのを
目にしたことがあります。
例えば2トンの経典。
必ず盗賊等に狙われる。
しかし各国の王が
行きの玄奘のしてくれたことに対して、
護衛を付ける形で送っていった。
次の国王がまた玄奘を守り、
その次のオアシス国家の王が
引き継いで別れる。
帰りは3年。
仏典とともに帰り着いた。
頼まれごとをこなし、
行きに仏法を説いたからこそ
生還できた。
小林正観さんはこれも評価されていたので、
何冊かの本に繰り返し出てきます。
さらに帰ってからの19年間、
栄耀栄華を追わず、
ひたすら訳し続けたことを
さらに高く評価されています。
三蔵法師玄奘は
すごい人だった。
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